マザーテレサ

マザーテレサの生涯は、宗教の壁を超えた、
無償の純粋な利他愛の歩みそのものであり、
物質文明に人間の尊厳と理想像を示す、
キリスト教の愛の実践者であったと言われています。
そして活動は世界123カ国にまで拡がり、世界中に大きな影響を与え、
87歳でこの世を去りました。

36歳の時、”全てを捨て最も貧しい人の間で働け”の啓示を受け、
その後40歳でインドの貧民街で”神の愛の宣教会”を立てました。
しかし47年に亘る長き時間、
周りからは想像すら出来ない苦悩が彼女を追い込んでいたようです。
それはマザー死後、懺悔聴聞司祭たちに送った内面の赤裸々な書簡が公開され、
世間に知られることとなりました。

キリスト教の教えを純粋に結晶化させた崇高な精神を語り、
世界中に感動と敬愛を寄せれば寄せるほど、マザーのこころは孤独に苛まれます。
神の存在を渇望する強烈な思いと、
神の存在に疑念を抱き、
神の不在感と言う得体の知れない心の闇に苦しみ続けます。

 

“私をすっぽりと取り囲んでいる闇の中で、
私は自分の魂をあなたに向けて高めることが出来ません。
光もインスピレーションも、私の魂に入って来ません。
私は人々の魂に向けて、神の慈愛を語っていますのに…
私の心には信仰がありません。
愛も信頼もありません。
あまりにもひどい苦痛があるだけです。”

 

私が十代だった遥か昔、
何かの本で知ったマザーの姿は、
強烈に鮮烈に私の心象風景に深く刻まれました。

とても長い時間が経ち、少しは成長をした今ここで、
マザーの心の闇を知ったとき、
当時感動した表面的でない、
深い意味での感動が私の心を捉えました。

彼女の長き40年以上に亘る心の闇を、キリスト教的解釈や他宗教、
心理学者や無神論者、唯物論者などの見方や見解は様々です。

どうしても神(ナニモノカ)に召喚され、
身を捧げ使って戴きたかったマザーが、
自身を神秘体験に導き、
人生をかけた物語の始まりを生み、
そしてその後、二度とそのような体験を敢えて生まず、
そしてその状況のもと、葛藤や極限の苦しみの中で、
亡くなるその日まで実践を続けたことこそが、
マザーテレサと言う人の軌跡の道の奇跡だと感じました。
同時に、究極にナニモノカを求め切った真実の人であったと、
全身が深い感動で包まれました。
言葉で上手く表現出来ないのですが、
人類が大きな転換を求められているとしたら、
どれだけの歳月、大聖者が光を照らしたとしても、
苦しくとも自らの内のシステムスイッチに於ける実践の連なりでなければ
次へのバトンになり得ないと。

例えて言うなら上でも下でもなく、あるいは右でも左でもない、
新たな別の、横のような入り口のスイッチがオンになるのではないかと思います。

多分、既に未来に向けて、
システム変更の新たなる構築と、
プログラムの稼動が始まっているのだと感じています。
(Come Be My Light翻訳参考)

ご要望があり、再投稿いたしました。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です